学校給食の米飯化を目標とするボランティア団体


by kyusyoku
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追悼 島田彰夫先生

もう一度、島田節を!

5月13日(土)に、私の念願だった尼崎市での島田先生の講演会をしていただく舞台が整った、その若葉保育園で園児のお母さん方や先生の講演をぜひ聴きたいと駆けつけてきた希望者を前に1時間半の講演をしていただいた。相変らずの“シビレル美“声で正調島田節を聞かせて頂いた。
『江戸時代、外には閉ざされた世界で、今でいう自給自足・環境保全・自然循環型農業で人々は背は低い(※暖かい国では小柄の方が熱発散率が高く“有利”)けど、大男の外国人がびっくりするほどの体力の持ち主だった。明治以後、コンプレックスからか「大きくなりたい」が官民の目標となって、その思いは戦後はさらに強くなった・・』
『今日本人の体格は大きくなったけれど大変な不健康・・』

「食と病気」の関係を活性酸素・環境ホルモンの理論と輸入食材の問題点に求めて戦後史を勉強していた私に、「日本人は何をどう食べてきたのか」「私たちはどこから来たのか」という根本的なテーマを、3回ほど勉強に出かけた先の講演会などで聞かせて頂いた。
以後、私もまた「遥かなる日本人」「生命40億年」のかなたにまでさかのぼるような勉強の旅が始まった。私たちの本来の食べ物とは?【ごはんが主食】だということを証明し、分かりやすくお話をするためのさらなる勉強が。

講演会に来て頂いた当日はあいにくの雨で私は阪神尼崎駅でお待ちしていた。
駅から出てこられた先生は動作が大変緩慢で、「先生って、お年はおいくつだったか」と
思ったほど。前に神戸で山本さんたち、幕内秀夫氏や鈴木公子さんらと飲んだときは
まだまだご達者だったのでかなりびっくりした。それでも講演はさすが先生で、若いお母さん方が熱心に聞き入っていた。私もスライドを操作しながら目の前で久しぶりに気持よく聞かせていただた。時間が足らず「先生又続きを聞かせてください」とお願いしてJR尼崎駅までお送りした。エスカレーターに乗って上がっていかれる姿が最期になった。

―――なんとか尼崎での講演会まで持ちこたえてくださったのかな。晴れ男の私には珍しく『雨の講演会』となった・・、あの雨は涙雨だったのか。そして「この後はお前も勉強を続けなさい」とのご遺志を託されたのかと。「もう一度島田節を聞かせて、先生!」合掌。

                          尼崎市大物町 宮崎 温
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by kyusyoku | 2006-06-13 21:28 | お知らせ